先週、5年ぶりにメガネを買い替えました。「どうも最近、見えにくいな」とはずっと思っていたのですが、まさか視力が3段階も落ちているとは、思いもしませんでした。

 

 メガネをかけている人なら、わかってもらえると思いますが、多少、度が合わなくても案外、なんとなく見えるものです。普段はそれほど気になりません。

 

 最近、将棋の羽生さんが永世7冠を達成しました。その羽生さんが5、6年前、不調におちいった時、中原十六世名人が「ひょっとすると、メガネの度数が合っていないのではないか?」とアドバイスしたそうです。

 

 羽生さんも、駒も将棋盤も見えていたから何ともないと思っていたわけですが、実際そのとおりで、視力検査すると度が合ってなくて、メガネを新調したら勝率が戻ったそうです。

 

 駒がぼんやり見えることと、ハッキリ見えることとでは、思考に与える影響が全然違う。羽生さんのエピソードは教えてくれます。

 

 ビジネスの世界でもよく「可視化」が大切と言われますが、この可視化にも、ぼんやり見えることと、ハッキリ見えることの差があるように思います。

 

 数字(管理資料)は見ている。でも、ほんとうの実態がつかめていない。ぼんやりした可視化で経営をしていると、適切な経営判断ができず、知らないうちに業績が悪化していくかもしれません。

 

 ぼんやりなのか、ハッキリなのかは、どうすればわかるでしょうか? メガネのように視力検査があれば良いのですが、そのようなものはありません。

 

 しかし、一つだけハッキリしている点があります。ぼんやり見える可視化は思考がイマイチ働かない、ハッキリ見える可視化は思考がよく働く、ということです。

 

 たとえば、小売業の会員管理システム。来店頻度と購買単価の管理資料が毎月出ているとします。それに変化があった時、どのように考えられているか?

 

 ただ単に「数字が下がった」「上がった」と見ているようでは、ぼんやりかもしれません。管理者ができることは、現場に「先月は下がったぞ。今月はガンバレ」と言うのがおちです。

 

 一方、顧客の行動や市場が何か変化したのか、どのような動機で店を訪れているのか、そのようなことを考えるヒントを与えてくれているとしたら、それは間違いなくハッキリ見えている可視化(管理資料)でしょう。

 

 もちろん管理力があるのが前提ではありますが、可視化に優れた管理資料には、思考に色々な示唆を与える情報が盛り込まれています。実績数字の羅列だけの管理資料は、ぼんやり可視化かもしれません。気をつけましょう。