好きな戦国武将はいるでしょうか? NHKの大河ドラマでもよく戦国時代ものをやっていますし、「信長の野望」や「天下統一」など、戦国時代を舞台にしたシミュレーションゲームも多々あります。

 

 私の思い入れの強い武将は「武田信玄」です。「人は城、人は石垣、人は堀」の名言どおり人を大切にし、優秀な武将を周りに集めました。また知略に優れ、四方八方の敵だらけの中、同盟や戦略を駆使して領地を拡大していきます。

 

 晩年は信長包囲網に参加し、大軍勢を率いて京を目指して西に進軍します。途中、三方ヶ原の戦いでは若き家康を撃破し、格の違いを見せつけますが、あともう少しというところで、病死してしまいます。

 

 歴史に“たられば”はありませんが、もし武田信玄の寿命があと10年あったなら、日本の歴史は大きく変わっていたに違いありません。

 

 そのような歴史上の人物を、高校の歴史教科書から削除すべきという提言が、昨年11月、ある民間研究会から出されました。新聞でも物議をかもし出していたので、覚えておられる方も多いと思います。

 

 削除理由は、高校の授業が暗記中心になっているので、現在の用語数(3,500語)を半分にするためだそうです。削除対象には武田信玄だけでなく坂本龍馬、大岡越前、上杉謙信、吉田松陰なども含まれています。

 

 選定基準はよくわかりませんが、おそらく純粋に歴史へのインパクトだけで選別していったのでしょう。たしかにこれはこれで正しいことかもしれません。

 

 しかし、歴史という教科には文化的要素もあるわけです。国民の共感を得られない選定は反発を招きます。坂本龍馬が削除対象に入っている時点で、選定の際に国民の認知度を考慮していないのは明らかです。研究会は配慮に欠けていたと思います。

 

 結局、国民的議論が起きていた歴史用語について、文部科学省は削減しない方針を明確にしました。

 

 このような紆余曲折はどうして起こったのでしょうか? それは、自らが正しいと信じる一面だけで物事を決め、ほかの面を考慮していなかったからにほかなりません。日本史で言えば“国民の理解・共感”です。

 

 これはシステム構築や業務改革も同じことが言えます。

 

 プロジェクトメンバーが経済合理性や全社最適化の視点を振りかざしても、それだけでは物事は上手く回りません。正しいことだからと言ってそのまま進めると、システム構築や業務改革は紛糾したり中断したりします。

 

 ですから、大義は大義として持ち合わせた上で、全社で幅広い共感を得られる形にしていく必要があります。

 

 たとえば、デリケートな論点は現場とのミーティング回数を増やしたり、プロトタイプで試験運用を行って意見を聞いてみたり、時にはその結果を踏まえ、大義を修正したりすることも大切です。

 

 共感なきプロジェクトは失敗します。正しさや思い込みに注意しましょう。