経営の視点が欠けて改悪にナル事例

経営の視点が欠けて改悪にナル事例

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 システム構築や改革プロジェクトにおいては、「経営の視点」が大切です。しかし、経営をしたことがない人にとって、これを実践していくことは容易ではありません。

 

 経営者の立場や気持ちになって思考するとはどういうことなのか。経営の視点が欠けて改悪となる事例(フィクションです)を2つ説明しましょう。

 

 

 

事例1 キャッシュ・フローが悪化

 金属製品製造業のA社。現在、部材の仕入先や外注先に対して、支払手形を毎月約300枚振出し、相手先に郵送しています。しかし、手形発行業務がすべて手作業なので大変な業務負荷です。

 

 A社の支払手形の発行条件を確認すると、買掛金残高「10万円以上」です。支払手形300枚のうち「10万円以上」から「30万円未満」までの振出しが200枚以上あります。

 

 改革プロジェクトで、現在の「10万円以上」の発行条件を「30万円以上」への変更が話し合われました。実際、10万円から手形を振り出しているのはA社くらいで、同業他社では見当たりません。

 

 しかし、これが実現すると経営の視点から見ればトンデモナイ改悪です。仮に支払サイト90日、平均20万円の支払手形200枚を振込みに変えると、A社は1億2千万円(20万円×200枚×3ヵ月分)、キャッシュ・フローが悪化します。

 

 どんな企業にもお金で苦労した時期があります。その苦労を知っている経営者からは、このような発想は絶対出てきません。経営の視点は「手許にお金を残すこと」が最優先です。

 

 この条件で仕入先や外注先と取引できているのは、むしろ同業他社にはないA社のアドバンテージです。業務改革の対策ならば、手形管理システムやそれとデータ連携する手形発行機の導入を検討します。あるいは電子手形化もあるかもしれません。

 

 

 

事例2 理論上は正確だけど、使えない資料

 多店舗展開する織物衣料小売業のB社。現在、中堅企業向けの新会計システムパッケージを導入中です。このパッケージの売りの一つに「多段階配賦機能」があります。

 

 配賦とは、共通部門の経費をルールに基づいて各部門に配賦することです。たとえば、複数店舗の共通倉庫の経費を、それを利用している3つの店舗に按分します。

 

 配賦は伝統的な管理会計です。部門の費用負担を拡張し、各部門の採算性を見る手法です。多段階配賦機能は、1次配賦、2次配賦と配賦処理を重ねていくことができます。

 

 B社の会計プロジェクトでは、この多段階配賦機能を利用して、共通倉庫や本部経費費の月次実績を多段階配賦した「店別月次損益計算書」を、新しい店の管理資料とすることが検討されました。

 

 しかし、これも内容や利用方法を間違えると改悪につながります。たとえば、共通経費が各費目に配賦される方式なら、個店の実際発生額がよくわからなくなります。

 

 仮に倉庫費・本部費等で一括配賦方式でも、実績の配賦だと個店の営業に関係なく店舗利益が増減します。また人数比で配賦しているなら、他店がパートを一人解雇しただけで、自店の費用負担が増えるので利益が減ります。

 

 つまり、各店長が個店を管理するのに、この資料は不向きだと言うことです。店の採算を見るのは、経営企画部や店舗統括部、複数店舗を見るスーパーバイザーの仕事です。

 

 店長が欲しいのは、個店の売上やコストを管理できるダイレクトな資料です。本部経費を負担させる(下駄をはかせる)場合でも、それは変動する実績ではなく固定額にすべきです。

 

 経営の視点は「正確な資料」や「ロジックの美しい資料」など求めていません。何がダメで何がよいのかがわかり、次にどうアクションすればよいかがわかる。欲しいのは、業績を上げるのに「使える資料」です。

プロジェクトの失敗は始まる前に決まっている

pixta_18598974_s プロジェクトの失敗は、会社に多大な損失をもたらします。もし基幹システムの構築プロジェクトで失敗すると、その損害はシステム構築に要した時間やお金だけに留まりません。

 

 不具合を抱えたシステムを使いながら、ビジネスを継続することは、経営や現場に大きなハンディを与えます。向こう10年の成長や業績を著しく落とす結果となります。

 

 ですから、誰も好き好んで「このプロジェクトは失敗させよう」とは思ってはいません。しかし、プロジェクト体制を見ると、始める前から失敗が予想できるようなプロジェクトがあります。最初から成功要件を満たしていないのです。

 

 では、最低限確保しなければならない成功要件とは何か。私は2つあると考えます。

 

 1つは「最低限の装備」です。富士山に登るのに、とんでもない軽装で挑む登山者がいるそうですが、レスキューの世話になるのがオチです。私は高校時代、部活動で北海道の雪山に登ったことがありますが、「標高が低いから大丈夫だろう」と舐めてかかり凍傷になりかけました。

 

 プロジェクトの失敗を防ぐためには、プロジェクト内容に見合う最低限の「人材」「予算」「期間」が必要です。しかし、これらが圧倒的に不足した状態で取り組むプロジェクトが少なくありません。

 

 経営資源の台所事情が苦しいのは、どこの会社も一緒です。特に人材を確保するのは大変でしょう。もしどうしても確保できないなら、玉砕覚悟でプロジェクトを進めるよりは中止、ないしは人が取れるようになるまで延期を考えるほうが賢明です。

 

 もう1つの要件は「危機察知能力」です。今、東京都豊洲新市場の盛り土問題が話題になっています。これがどのような経緯で生じたのかは知りませんが、関係者のリスク認識が欠如していたのは明らかです。

 

 豊洲移転プロジェクトは「環境問題」が大きな課題です。もし建物の地下空間が重大な見落としだったとしたら、関係者の環境視点が欠如し、通常の建築思想でプロジェクトを進めたことになります。

 

 仮に地下空間が環境に配慮した計画変更だったとしても、環境問題に伴う「風評被害」対策や説明責任を軽んじたということです。どちらにしても、移転プロジェクトに内在するリスクを見誤っています。

 

 大規模なプロジェクトになればなるほど、肝心なポイントがぼけてしまいがちです。人の処理能力には限界がありますから、これは致し方ありません。だからこそ、常に「何か重大なリスクを見落としていないか」と、原点に立ち返って俯瞰的に見ることが大切です。

 

 「危機察知能力」は一長一短に身につく能力ではないです。そのため、プロジェクトメンバーにはそういう能力に秀でた人をできる限り集めます。少なくともプロジェクトリーダーには「危機察知能力」が高い人を据えるべきです。

 

 プロジェクトは、何が起こるかわからない未知の冒険のようなものです。鈍感な人ばかりのチームで乗り切れるはずがありません。プロジェクトのメンバー選定をおろそかにするのは、本当に大きな間違いです。

事業再生にありがちな「負のスパイラル」とは

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 業績が悪化して経営が立ちいかなくなる会社には2つの道があります。一つは「破綻」。もう一つは「事業再生」です。事業再生では、金融機関が支援したり、再生ファンドや事業会社等がスポンサーとして経営に参画したりします。

 

 法的なスキームはさておき事業再生に当たっては、現経営陣が中心になって再建する場合もあれば、スポンサーから派遣されたターンアラウンドマネジャー(事業再生請負人)が担う場合もあります。誰がやるにせよ、事業再生は大変です。

 

 なぜ、事業再生は大変なのか。それは企業の「業績が悪いから」ではありません。多くの人はそう思いがちですが、それは違います。

 

 そもそも「業績が悪い」のは関係者にとって周知です。支援を決める前にデューデリジェンス(調査)を行っています。今は業績が悪いが、この会社に新たな経営資源を投入すれば「必ず復活できる」と踏んだからこそ、支援を決めたのです。

 

 では、事業再生が大変なほんとうの理由とは何か。それは「真実が見えない」ことです。「経営の実態がつかめない」「出てきた数字が信頼できない」「正しい数字が出てきても、ものすごく遅い」、このような状況だと有効な戦略や対策が打てないのです。

 

 本業と関係ないところで大損を出してしまった等、一部の例外を除いて事業再生になる会社には共通点があります。経営の仕組みが悪いのです。

 

 「仕組みが悪い」→「実態が見えない」→「環境変化に対応できない」→「業績悪化」→「事業再生」

 

 大概このようなプロセスを経てきています。好況の時は仕組みが悪くても経営は維持できます。しかし、環境が厳しくなると経営の仕組みが悪いのは致命的です。

 

 そして、事業再生になると次のようなプロセスがおきます。

 

 「事業再生」→「金融支援」→「利害関係者増加」→「経営報告量増加」

 

 銀行や再生ファンドは数字のプロ集団です。彼らが事業再生として参画すると、これまで社内で作ったことがないような管理資料や経営情報が求められます。経営報告の質・量が飛躍的に増えるのです。

 

 しかし、事業再生会社は、もともと「仕組みが悪くて実態が見えない」会社です。急にそのような報告を依頼されても、対応できるはずがありません。スポンサーがハンズオン(実働)で人を出してくれても同じです。報告のもととなる詳細情報やデータがなければ、報告資料を作ることなどできません。

 

 「経営報告量増加」→「人海戦術」→「人的疲弊」→「再生停滞」

 

 それでも経営報告を作ろうとすると、現場や管理の人海戦術に頼らざるを負えません。仕組みやシステムがしっかりしていれば簡単に出せる情報も、人手でやるとものすごく時間がかかります。

 

 その作業が特定の人に集中すると、疲労で倒れてしまうケースすらあります。大体そのような人は再生における実務のキーマンです。倒れないにしても、相当な時間が報告に取られるため、肝心な再生作業が一向に進まないことになります。

 

 これが事業再生の「負のスパイラル」です。事業再生には確かな経営情報は欠かせない。でも、そもそも取れる情報は少ない。だから事業再生は難しいのです。

 

 情報の優先順位を見極め、社内の負担も考えながらギリギリの情報は取れるようにする。そのための突貫工事の仕組み改善と、情報不足の中で有効な経営対策を並行して打っていく。事業再生では高度なバランスが要求されます。

「凡庸の法則」無責任な議論にならないために

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 東京オリンピックの膨れ上がる予算。テレビから流れてくる2兆、3兆という数字を聞いていると、ある法則を思い出します。それは英国の政治学者パーキンソン氏が提唱した「凡庸の法則」です。

 

 パーキンソン氏は「パーキンソンの法則」で有名です。「役人の数は、仕事量に関わらず増加する」ということを、英国海軍の例や植民地省の数字を使って説明しました。

 

 凡庸の法則とは、「予算委員会等で議題の審議に要する時間は、その項目の支出額に反比例する」というものです。

 

 わかりやすく言うと、取り扱う議題の金額が大きくなればなるほど、検討する人の感覚がマヒして、議論の中身が薄くなり、大した時間もかからずにあっという間にOKが出てしまう。

 

 一方で、議題の金額が数百万円等の個人にとって現実味のある金額だと、議論は白熱し、出席者は細かく内容を精査したがり、逆に審議の時間がかかる、ということです。

 

 本来であれば、金額の大きさに比例して審議時間や検証項目を増やし、議論しなければなりません。しかし、億万長者ならいざ知らず、凡人の金銭感覚ではキャパオーバーの金額を自分の身に置き換えて議論などできない、というのが「凡庸」の由来です。

 

 それでは、凡人はこのような高額な公共投資の意思決定に参画できないのでしょうか。そうではありません。

 

 パーキンソンは金銭感覚のキャパオーバーに至ることを「関心喪失点」と言っています。つまり、「凡庸の法則」の本質は、本人の議題への関心が失われるから、身が入らなくなり責任や議論が軽くなってしまうと看破しています。

 

 金銭的な想像を超えている案件でも、議題に関する知識や経験で理解や興味を補ったり、議題が社会にもたらす影響やリスクを意識化して関心を保ったりすれば良いのです。

 

 ところで、この「凡庸の法則」は公共事業だけの話でしょうか。企業経営にも当てはまらないでしょうか? 取締役会や経営会議で、投資金額に見合う議論が十分になされているかを再考してみるべきです。

 

 たとえば、基幹システム開発。金額が多額で将来影響が大きいわりに、議論が軽めではないでしょうか。「自分は情報システムに詳しくないから」と意見をあまり主張されない役員も少なくありません。

 

 基幹システム開発の承認で実際購入されるのはシステムです。しかしそれは同時に、今後のビジネスモデルや成長速度などの主要な「ビジネスデザイン」を意思決定することでもあります。

 

 ですから、システムに詳しくない役員は、システムの基本機能・性能やシステム投資効果分析よりも、むしろ「このシステム導入で会社はどう変わるのか」「稼働後にどういう経営戦略が打てるようになるのか」という経営的な関心を持って議論に参画すれば良いのです。

 

 そうすれば役員としての責任も果たせますし、ずっと中身のある議論ができます。

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