オフィス北野騒動で思うこと

オフィス北野騒動で思うこと

 ビートたけしの独立騒動。たけし軍団とオフィス北野・森社長との確執。ここ一か月メディアを賑わした芸能ニュースです。人間関係のもつれからのどろ試合、と言えばそれまでですが、お金や経営の視点でみれば、一般企業でもよくある話です。

 

 今回の騒動の根本にあるのは「フリーライダー問題」です。フリーライダーとは、自分は大した貢献もせず、集団の利益に“タダ乗り”する人を言います。今回のケースでは、「ビートたけしがもたらす利益にタダ乗りしていたのではないか?」ということです。

 

 具体的には、森社長や幹部は「報酬は正当な対価だ」と主張しているのに対し、たけし軍団は「経営陣やマネージャーの報酬が高すぎる」と不満を持っているわけです。たけし軍団が十分稼げていないならば尚更です。

 

 このままでは水掛け論になるので、数字を見える化して客観的に評価していくことが大事です。

 

 芸能事務所は、キャラクタービジネスに近いと思います。キャラクタービジネスとは、キャラクターを生み出し、育て、その露出や権利をコントロールしていくビジネスです。

 

 たけしさんは、さしずめディズニーの「ミッキーマウス」やサンリオの「キティちゃん」など、超メガ級のキラーコンテンツでしょう。莫大な利益をもたらしてくれます。

 

 オフィス北野の設立当初から、たけしさんは超メガ級のキラーコンテンツでした。ですから、現経営陣が発掘し、育てたわけではありません。現経営陣の仕事は、あくまで露出や権利拡大のコントロールです。これが評価の一つです。

 

 もう一つは、たけしさん以外のタレントについてです。たけし軍団と言えば、80年代の「スーパージョッキー」や「風雲たけし城」を思い出します。その頃と比べると、今の露出はさびしい限りです。

 

 また、新人タレントの発掘や育成はどうでしょう。オフィス北野のWEBサイトをみると、所属タレントが70名ほどいます。こんなにいるのには驚きましたが、私がテレビ番組で見たことがある人はごくわずかでした。

 

 よしもと、マセキ芸能、太田プロなどと比べると、全然人が育っていないように思います。

 

 もちろん売れる売れないは、タレント本人の努力や才能が一番重要です。事務所だけの責任ではありません。しかし、芸能事務所もビジネスですから、結果に対して責任を負うべきです。

 

 「たけし部門(映画含む)」と「たけし軍団等部門」とに分けて部門別損益を見える形にし、ドル箱であるたけし部門から、いくら育成投資としてたけし軍団等部門に回すか。このようなことがきちんと経営計画になっていたら、たけし独立という強権発動もなかったでしょう。

 

 たけしさんも70歳。オフィス北野が芸能事務所として生き残れるか、いま岐路に立っています。

共感なきプロジェクトは失敗する

 好きな戦国武将はいるでしょうか? NHKの大河ドラマでもよく戦国時代ものをやっていますし、「信長の野望」や「天下統一」など、戦国時代を舞台にしたシミュレーションゲームも多々あります。

 

 私の思い入れの強い武将は「武田信玄」です。「人は城、人は石垣、人は堀」の名言どおり人を大切にし、優秀な武将を周りに集めました。また知略に優れ、四方八方の敵だらけの中、同盟や戦略を駆使して領地を拡大していきます。

 

 晩年は信長包囲網に参加し、大軍勢を率いて京を目指して西に進軍します。途中、三方ヶ原の戦いでは若き家康を撃破し、格の違いを見せつけますが、あともう少しというところで、病死してしまいます。

 

 歴史に“たられば”はありませんが、もし武田信玄の寿命があと10年あったなら、日本の歴史は大きく変わっていたに違いありません。

 

 そのような歴史上の人物を、高校の歴史教科書から削除すべきという提言が、昨年11月、ある民間研究会から出されました。新聞でも物議をかもし出していたので、覚えておられる方も多いと思います。

 

 削除理由は、高校の授業が暗記中心になっているので、現在の用語数(3,500語)を半分にするためだそうです。削除対象には武田信玄だけでなく坂本龍馬、大岡越前、上杉謙信、吉田松陰なども含まれています。

 

 選定基準はよくわかりませんが、おそらく純粋に歴史へのインパクトだけで選別していったのでしょう。たしかにこれはこれで正しいことかもしれません。

 

 しかし、歴史という教科には文化的要素もあるわけです。国民の共感を得られない選定は反発を招きます。坂本龍馬が削除対象に入っている時点で、選定の際に国民の認知度を考慮していないのは明らかです。研究会は配慮に欠けていたと思います。

 

 結局、国民的議論が起きていた歴史用語について、文部科学省は削減しない方針を明確にしました。

 

 このような紆余曲折はどうして起こったのでしょうか? それは、自らが正しいと信じる一面だけで物事を決め、ほかの面を考慮していなかったからにほかなりません。日本史で言えば“国民の理解・共感”です。

 

 これはシステム構築や業務改革も同じことが言えます。

 

 プロジェクトメンバーが経済合理性や全社最適化の視点を振りかざしても、それだけでは物事は上手く回りません。正しいことだからと言ってそのまま進めると、システム構築や業務改革は紛糾したり中断したりします。

 

 ですから、大義は大義として持ち合わせた上で、全社で幅広い共感を得られる形にしていく必要があります。

 

 たとえば、デリケートな論点は現場とのミーティング回数を増やしたり、プロトタイプで試験運用を行って意見を聞いてみたり、時にはその結果を踏まえ、大義を修正したりすることも大切です。

 

 共感なきプロジェクトは失敗します。正しさや思い込みに注意しましょう。

サザエさんから東芝が消えた日

 41日の日曜に「サザエさん」を見ました。「サザエでございま~す!」という、いつもと変わらない和やかなオープニングでしたが、いつもと違うことが一つありました。

 

 そうです。CMスポンサーのところに「東芝」の社名がなかったのです。

 

 東芝は、屋台骨の一つであった原子力事業の失敗で、いま虎の子の事業や子会社を切り売りしています。今回、BtoC事業のウエイトが低下したことを理由に、48年続けた「サザエさん」のスポンサーを降りました。

 

 わたし達の世代は、小さいころから「サザエさん=東芝」「世界ふしぎ発見=日立」で育ってきました。サザエさんによる東芝ブランドの浸透力は絶大なものがあります。

 

 しかも、「サザエさん」みたいな家庭向けの優良コンテンツは、数えるほどしかありません。そのような貴重なスポンサー枠を一度手放せば、二度と手に入れることはできないでしょう。

 

 今回の降板は、はたして正しい選択だったのか?

 

 同じような話が、プロ野球の日本ハム新球場問題です。2年前、日本ハムが現在の札幌ドームから出ていくことを決め、新球場を札幌市と札幌に隣接する北広島市で争っていました。

 

 先月末、日本ハムは北広島市に新球場(北海道ボールパーク)をつくることを決めましたが、そこまでの経緯や対応は、札幌市と北広島市では対照的でした。

 

 北広島市は、新球場誘致を「究極の地方創生」として、市長自ら率先して熱意あふれる誘致運動を繰り広げました。

 

 一方、札幌市は、新球場には懐疑的だったようです。できれば札幌ドームを使い続けてほしいという思いもあり、あまり熱心な誘致運動はしませんでした。

 

 結果、下馬評をくつがえして北広島市に決まるわけですが、札幌市は事の重大さに気づいたでしょうか?

 

 2017年の日本ハムの観客動員数は208万人(主催試合)です。これだけの人を呼べるコンテンツは、日本ハムのほかに札幌市にはないでしょう。

 

 日本にはプロ野球球団はたった12チームしかありません。究極のコンテンツとも言えるプロ野球球団の本拠地が、地元にあるのとないのとでは天と地の開きがあります。そのことを札幌市が少しでも理解できていたら、誘致活動はもっと違ったものになったことでしょう。

 

 現代はSNS・インターネット・ゲームなど、人の注意を引くものであふれかえっています。その結果が、テレビの視聴率低下、新聞・書籍・雑誌の販売下落につながっているわけです。

 

 これから人の注意を引けるコンテンツは、ますます貴重で価値が高いモノとなります。サザエさんと日本ハム。逃した魚はとんでもなく大きいように思います。

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