はじめに

製造業界では価格決定を営業部門の判断に任せており、コストアプローチで価格設定を行うことが多いです。そのため、収益性が損なわれるリスクがあります。製造業がどのような価格決定戦略を取るべきか、京セラの稲森氏が「値決めは経営である」と語ったことを紹介しながら、解説します。

値決めは経営?営業?

価格決定は、製品の売上と利益に大きな影響を与えます。適切な価格設定により、売上高を増やし、利益を最大化することが可能です。逆に、不適切な価格設定は、顧客の購入意欲を減らし、企業の収益性を損なうことにつながります。

値決めに関して、京セラの稲森氏は、著書「稲盛和夫の実学-経営と会計」で、次のように述べています。

「私は「値決めは経営である」と思い、その重要性を訴えてきた。値段はたんに売るため、注文を取るためという営業だけの問題ではなく、経営の死命を決する問題である。売り手にも買い手にも満足を与える値でなければならず、最終的には経営者が判断するべき、大変重要な仕事なのである。」

稲盛和夫の実学-経営と会計 稲盛和夫著

しかし、製造業の多くは「値決めは経営」と考えていません。「値決めは営業」であるとし、価格決定の仕事を営業担当の役員や営業部長、営業担当者の判断に任せています。

2つの価格決定方法

価格決定の方法には、大きく2つの方法があります。「コストアプローチ」と「マーケットアプローチ」です。

コストアプローチは、製品やサービスの生産・提供にかかるコストに基づいて価格を決定する方法です。製造部門が見積ったコストに一定の利益率を加算し、最終的な販売価格を決定します。

これに対して、マーケットアプローチは、市場や競合他社の価格、顧客の価値認識やニーズに基づいて、競争力ある価格を決定します。

製造業の多くは、コストアプローチを採用しています。明確なコスト基準があるため価格設定が容易であり、かつ、会社として利益確保が可能だからです。

そのため、コストアプローチの元では、営業部門は製造部門に対して、少しでも安い見積原価を求めます。

営業部門から「競合他社の見積金額は当社より百万円も安かったらしい。うちの見積原価は高すぎるのではないか?」と言われ、製造部門はひたすら製造コストを下げることだけに注力します。

このような状況が続くと、企業はどうなるでしょうか?

コストアプローチの危険性

例を挙げて説明しましょう。ある企業は、製品の販売価格を見積原価に20%の利益を加えた金額で設定しています。見積原価が1,000円の場合、利益は200円で、販売価格は1,200円になります。

もし製造部門がこの製品のコストを削減し、見積原価を900円にできたら、利益は20%の180円で、販売価格は1,080円になります。

買い手である顧客の観点から見ると、価格が1,200円から1,080円に下がったため、顧客は120円安く製品を購入できます。

一方、製造業者である販売者はどうでしょうか。製造部門によるコスト削減の成果を全額顧客に還元し、さらに従来の利益200円を180円に減らし、20円も値引きしています。

営業部門は利益率20%を確保して販売するので、問題はないかもしれませんが、企業全体としては、製品を販売するたびに売上高を120円、利益を20円減らしていきます。

つまり、コストアプローチによる価格設定では、企業がコスト削減するほど収益が減少し、利益が減少する状況を作り出し、薄利多売しないと生き残れない、脆弱な企業構造になるわけです。

価格決定戦略の基本

では、マーケットアプローチに切り替えればよいかというと、そんな簡単な話ではありません。確かに、マーケットアプローチには、市場状況や競合他社に応じた柔軟な価格設定が可能な利点があります。

たとえば、先ほどの例で言えば、当社の初期販売価格が1,200円で、競合他社の価格が1,180円であれば、価格を1,170円に改定すれば競争に勝ち、利益を最大化できます。

しかし、競合他社の販売価格が900円だった場合は、単純に価格を890円に値下げすれば競争には勝ちますが、原価割れとなってしまいます。

このように、マーケットアプローチでは、コスト構造に対する考慮が不十分であり、利益確保が難しくなるリスクがあります。

結論として、コストアプローチとマーケットアプローチのどちらか一方だけで価格を決定することは避けるべきです。両方のアプローチを組み合わせて、効果的な価格設定戦略を策定することが重要です。

想定価格より原価が高い時の価格決定

特に、原価が想定価格より高い場合、どのような価格戦略をとるかによって、企業の成功や失敗が大きく分かれます。

たとえば、コストアプローチでは、原価を変動費と固定費に分け、生産数量の変化に合わせた原価変動を分析します。見込まれる販売数量(生産数量)を増やすことで、原価を下回る価格に設定できる場合もあります。

多品種少量生産の場合は、製品群(プロダクトポートフォリオ)の組み合わせや構成を変えることで、販売数量が変動し、原価も変化し、最適解が見つかることもあります。

それでも、想定価格より原価が高い時は、変動費に加え、固定費をそれなりに回収できる程度であれば、原価割れの価格を受け入れる場合もあるでしょう。製品の内容量を減らし、新製品として実質的な値上げをする手法もよく用いられます。

このように価格競争が厳しい時は、コストとマーケットの様々な情報を収集し、多角的にシミュレーションする必要があります。複雑な価格決定の仕組みや意思決定は、営業部門だけではできません。経営者や製造部門の参画も欠かせないでしょう。

稲盛氏が言うように「値決めは経営」です。価格決定は、企業の成功に直結する重要な課題であり、営業部門、製造部門、そして経営者が三位一体となって取り組む必要があります。

まとめ

価格決定には、コストアプローチとマーケットアプローチの2つの方法があります。製造業の多くがコストアプローチを採用しており、営業部門は見積原価を下げるよう製造部門に圧力をかけます。

コストアプローチの価格決定では、コスト削減するほど収益と利益が減少する状況を作り出し、企業を弱体化します。そのため、どちらか一方だけを用いて価格を決定するのは避け、両方のアプローチを組み合わせて効果的な価格設定をすることが重要です。

特に、原価が想定価格より高い場合は、コストアプローチで原価構造を分析します。また、価格競争が激しい場合は、コストとマーケットの様々な情報を収集し、多角的にシミュレーションする必要があります。価格決定は、経営者、営業部門、製造部門が協力して取り組む経営課題です。