日本企業の情報開示をめぐる動きが、今まさに大きく変わろうとしています。特に注目されているのが「有価証券報告書(有報)」の株主総会前の開示。これまで慣例的に総会当日または直後に公表されていた有報を、株主が議案に投票する前に開示しようという改革です。なぜ今、有報の早期開示が求められているのでしょうか? 背景や課題、今後の展望について解説します。
なぜ有報を「総会前」に開示するのか?
現在の実務では、上場企業の約9割が株主総会当日またはその直後に有報を開示しています。しかし、これでは株主が総会議案を事前に十分検討するための材料に乏しく、特に海外投資家からは透明性に対する批判が絶えません。
一方、欧米諸国では有報に相当する情報が総会の数週間から数か月前に開示され、株主の判断材料として活用されています。こうした国際基準とのギャップが、日本企業のガバナンス評価や市場信頼性に影を落としているのです。
2024年の誘点と改革の動き
2024年4月、岸田首相(当時)がコーポレートガバナンス改革に関連して「総会前に有報を開示すべき」と発言。これを機に、金融庁や経済産業省は「有報の総会前開示に向けた環境整備協議会」を立ち上げ、各方面との協議を本格化させました。
2025年3月には金融担当大臣から企業に対し、「まずは数日前でも良いから、株主総会前に有報を提出してほしい」との要請が発出。ソフトロー(ガイドライン)から法改正も視野に入れた議論が進行しています。
実現に向けた4つの方法案
金融庁は、企業が有報を総会前に開示するための方法として以下の4案を提示しています。最終的に方法3または4での着地を目指すようです。
- 現行実務を拡大(総会の1日以上前に開示。2026年3月期はこの方法を要請)
- 有報前倒し(有報作成・監査の負担から困難という声)
- 総会後ろ倒し(例:期末3月末、基準日4月末、開示6月末、総会7月末)
- 決算期前倒し(例:期末12月末、基準日3月末、開示3月末、総会6月末)
方法3に立ちはだかる壁
方法3(総会後ろ倒し)における主な課題は、以下の通りです。
- 役員人事への影響
- 第1四半期の開示業務との重複
- 総会開催が真夏の時期になる(3月決算の場合)
- 配当の権利確定や支払いの時期が遅くなる
- エンプティボーティング(議決権だけを持っていて、株式を実際には持っていない状態で投票が行われること)問題
これらの課題を乗り越えるには、企業の覚悟と社内体制の見直し、そして監査法人・金融機関との連携が不可欠です。
「一体開示」の推進と今後の展望
「有報の一体開示」とは、これまで別々に作成していた事業報告書と有報を一本化し、総会前に開示する形を指します。これにより情報の重複や齟齬がなくなり、作成・監査の効率化が期待されます。
政府は2025年度中にも法改正を視野に入れた制度整備を進めており、EDINET特例や書面交付制度の見直しも検討中です。また、総会の真夏開催に対応するため、バーチャル総会の導入や12月決算への移行を選択肢とする企業も出てくるでしょう。
まとめ:情報開示改革は待ったなし
ガバナンス強化、資本市場の信頼性向上、そして投資家との対話の質の向上。そのすべてに共通する基盤は「タイムリーで信頼できる情報開示」です。
企業にとっては手間とコストがかかる改革かもしれませんが、その先にあるのは企業価値の向上と投資家からの厚い信頼です。今まさに、有報の総会前開示は「やるべきか否か」ではなく、「いつ、どうやって実現するか」を問われる段階に入ってきています。