なぜ原価計算は複雑すぎてよくわからない状態になるのか
中堅製造業からよくいただく相談の多くは、「原価計算が複雑でブラックボックス化している」「製品別原価も部門別原価もどちらも中途半端」というものです。原価計算そのものが難しいというより、目的の異なる管理を一つの仕組みに押し込めてしまうため、途中から整合性が取れなくなります。
典型的な迷走パターンとして、次のような状況が共通して見られます。
・製品別採算と部門別稼働の両方を、同じ原価データで賄おうとする
・目的を決めずに仕組みを作り、後から用途を増やしてしまう
・配賦基準や工程の括りが担当者によって解釈が異なる
このように、本来独立して整理すべき目的を一つに重ねてしまい、構造が途中から破綻してしまうのです。
製品別原価は「投入のトレース」と「金額化」の世界
製品別原価は、ある製品を作るために何をどれだけ使ったかを数量として捉えるところから始まります。材料や部品は数量 × 単価で材料費が求まりますが、問題は加工費の算定です。加工費は部門や工程で発生した労務費と製造経費を集計し、それをその月の稼働時間で割って時間当たり加工費単価を求めます。
そこに製品が実際に使った作業時間を掛け合わせて、製品別加工費を算出します。この一連の流れを成立させるには、「どの工程を何分使ったか」「その工程の1時間当たりの加工費はいくらか」というデータの正確性が欠かせません。
製品別原価が重要なのは、次のような経営判断の基盤になるからです。
・利益率の低い製品の切り捨て
・高付加価値製品へのシフト
・営業・見積の戦略修正
つまり、製品別原価は儲けるための意思決定に直結する領域であり、投入のトレースが曖昧だとそのまま経営判断の誤りにつながってしまいます。
部門別管理は「工程の時間と負荷」を正しく把握する世界
部門別管理は、製品別原価とはまったく異なる目的を持っています。金額の大小よりも、どの工程にどれだけの負荷がかかっているかを把握し、生産能力と生産計画の整合性を確認することが中心です。
例えば、次のような視点で現場を管理します。
・工程ごとの月間稼働時間は適正か
・正常操業度と比べて過負荷・過小負荷はどこか
・人員配置や残業計画は適切か
・生産計画の工数は現実的か
この世界では、「時間」が中心であり、金額情報は必須ではありません。
部門別管理は、現場改善と生産計画に即結びつく一方、製品別採算のように金額を細かく割り付ける必要はありません。ここが両者の決定的な違いです。
部門別は製品別の内数であり、並列ではない
多くの企業が誤解しているのが、「部門別原価」と「製品別原価」を並列の管理テーマと捉えてしまうことです。しかし実際には、部門別の加工費単価がそのまま製品別原価の構成要素になります。つまり、部門別は製品別の「内数」であり、階層関係にあります。
この関係を理解していないと次のような歪みが生じます。
・部門単価が曖昧なまま製品別原価を出してしまう
・結果として、製品別の採算が説明できなくなる
・部門別の稼働状況と、製品別原価の数字が矛盾する
・会議で数字の根拠を説明できず、結局「去年と同じ」になる
「部門別をおろそかにしたまま製品別を精緻にする」のは構造的に不可能です。土台を固めずに2階だけ建てようとするようなもので、どれだけシステムを導入しても数字は安定しません。
迷子を避けるには、まず原価の目的を明確にすること
原価計算には、実際原価・予定原価・標準原価といった異なる種類があり、どれを使うべきかは目的によって変わります。しかし、多くの企業では目的の整理が不十分なまま、複数の目的を一つの仕組みで満たそうとしてしまいます。その結果、データの粒度も配賦基準も安定せず、数字が迷走していきます。
目的を整理すると、必要な設計が自然に決まっていきます。
・製品別採算を見たいなら、投入のトレースと予定原価が中心
・部門別の負荷管理なら、時間データを軸にした簡素なしくみで十分
・見積精度を高めたいなら、標準原価の整備が重要
・財務目的だけなら、実際原価で過度な細分化は不要
原価計算は「目的の設計」が9割です。目的が明確であれば、何を集め、何を省き、どのような単価を使うのかが自然と定まり、複雑さはむしろ解消されます。
原価とは、単に数字の積み上げではなく、経営の目的に合わせて必要な情報を取捨選択する“設計”です。最初に目的をはっきりさせれば、原価計算は複雑なものではなく、経営者にとって頼れる羅針盤になります。