はじめに
本記事の事例は、システム開発にありがちな話をいくつか組み合わせて作成したフィクションです。システム導入の目的は業務の効率化ですが、適切な準備や運用計画がなければ、かえって業務が混乱し、企業にとって大きな損害をもたらします。今回は、小売業H社の失敗事例をもとに、システム開発で陥りやすい落とし穴とその対策を考えます。
事例:新システムの混乱で業績悪化した小売業H社
背景
H社は都内に直営10店舗を展開する小売業者で、10年以上使用している基幹システム(販売管理・購買管理・在庫管理)を運用していました。しかし、情報システム部はなく、総務部のシステム担当1名が管理しており、システム保守は外部業者に委託していました。
ある日、システム担当者は保守業者から「基幹システムのサーバーOSが保守期限切れになる」と告げられます。会社としては想定していなかった問題でしたが、セキュリティ対策とシステムの老朽化を考慮し、急遽、新システムのリプレイスを決定。残された期間はわずか10ヶ月でした。
システム導入計画
- 業務の店舗ごとの差異はシステムで対応する方針を決定。
- 店舗ごとの業務統一は長期的な課題として後回しに。
- 10店舗すべてのヒアリングは時間がかかるため、3店舗のみを対象に調査を実施。
- 残り7店舗には、新システムの仕様案を送り、店長の確認のみで対応。
失敗の経緯
- 現場の実態を反映できなかった要件定義
- 3店舗のヒアリングのみで仕様を決定し、他の7店舗には詳細な調査を行わなかった。
- 店長の確認のみで済ませたため、各店舗の細かい運用ルールや課題が反映されず、重要な仕様が漏れた。
- 新システム稼働直後に混乱が発生
- ヒアリングを実施しなかった7店舗が新システムに適応できず、問い合わせやクレームが殺到。
- 各店舗の業務フローが異なっていたため、統一された仕様では対応しきれない状況に。
- 用意したマニュアルも、ヒアリングした店舗の業務基準に基づいていたため、他店舗では役に立たなかった。
- 後手に回ったシステム修正
- 問い合わせ対応と同時に、緊急の仕様変更・追加開発が次々に発生。
- 「緊急対応」が常態化し、十分な仕様検討ができないままシステムの修正を進めることに。
- 1年間で修正・追加開発の費用が当初予算の2倍に膨れ上がった。
結果
- システム稼働直後に業務混乱が発生し、7店舗で売上が急減。
- 結果的にシステム開発費用が予定の2倍に。
- 落ち込んだ売上を回復するための追加施策が求められる状況に。
失敗から学ぶべき教訓
1. 十分な要件定義を行うことが不可欠
H社の最大の失敗は、時間がないことを理由に、すべての店舗の詳細な業務調査を怠ったことです。
- システム導入前に、すべての現場の実態を正確に把握する。
- ヒアリング対象を限定せず、全店舗の業務フローを明確にする。
- 可能であれば、テスト運用を行い、実際の現場で問題点を洗い出す。
2. システム変更は業務統一とセットで進める
各店舗で異なる業務フローが存在する状態で、新システムを一律に導入すると混乱を招きます。
- 業務の標準化を先行して進める。
- 標準化が難しい場合、システム側で柔軟に対応できる仕様を検討する。
3. 緊急対応を避け、計画的な開発を行う
稼働後に大量の修正が発生すると、コスト増加や運用の混乱を招きます。
- 事前にリスクを洗い出し、段階的な導入計画を立てる。
- トラブル発生時に冷静な判断を行い、無計画な修正を避ける。
4. 影響範囲を考慮したマニュアル整備
H社のケースでは、ヒアリング対象店舗のみの業務基準に基づいたマニュアルを作成したため、他店舗では役に立たなかった。
- 全店舗の業務差異を考慮したマニュアルを準備する。
- 新システムのトレーニングを事前に実施し、現場の理解度を高める。
まとめ
H社の事例は、システム開発の目的が業務の改善ではなく、「期限内の導入」になってしまった典型的な失敗例です。
- 要件定義をおろそかにせず、すべての業務フローを把握することが重要。
- システム導入と業務標準化はセットで進めるべき。
- 緊急対応の連続を避け、計画的な開発を行うべき。
- 影響範囲を考慮したマニュアルとトレーニングを実施することで、混乱を防ぐ。
システム開発の成功には、導入前の十分な準備と慎重な計画が欠かせません。企業はこの教訓を活かし、同じ失敗を繰り返さないよう努めるべきです。