企業経営において「数字を管理する」ことは重要ですが、すべての会計データが意思決定に役立つとは限りません。特に、財務会計のルールに基づいて作られた数字が、そのまま経営判断に適しているとは言えないケースも多いのです。
本記事では、管理会計の視点から「本当に役立つ数字とは何か?」を考え、意思決定の質を高める方法を探ります。
1. 財務会計が意思決定に向かない理由
財務会計は、企業の外部向け報告(決算書作成や税務申告など)を目的とした会計基準に基づきます。そのため、経営判断においては不適切な数値が生まれることがあります。
① 製造業の原価計算の矛盾
例えば、製造業の工場で原価計算を考えてみましょう。
- 毎月1,000個生産できる工場があり、固定費が1,000万円かかるとします。
- フル生産時の製品1個あたりの固定費は1万円(1,000万円 ÷ 1,000個)。
- しかし、受注が減り100個しか生産しなかった場合、1個あたりの固定費は10万円(1,000万円 ÷ 100個)。
このように、生産量によって製品単価が大きく変動するのが「実際全部原価」の問題点です。
② 財務会計のルールが誤った行動を生む
財務会計のルールでは「実際全部原価」を用いる必要があります。しかし、これをそのまま経営判断に使うと、次のような問題が発生します。
- 工場長が製造量を増やせば単価が下がるため、無駄な生産を増やす
- 受注と関係なく生産することで、在庫が膨れ上がる
- 過剰在庫による資金圧迫や、最終的な廃棄損失のリスクが高まる
トヨタ生産方式(TPS)の生みの親である大野耐一氏は、財務会計の「実際全部原価」を経営に使うことを強く批判していました。
「そんな数字で経営したら、会社がつぶれてしまう」
という彼の言葉は、財務会計と経営判断のズレを端的に示しています。
2. 管理会計の視点:経営判断に役立つ数字とは?
管理会計は、企業内部の経営判断をサポートするための会計手法です。そのため、財務会計のルールに縛られることなく、実態に即した数字を使うことが重要です。
① 変動費と固定費を分けて考える
実際全部原価ではなく、**変動費と固定費を分けて考える「直接原価計算」**が、経営判断には有効です。
- 変動費(売上に応じて変わる費用):原材料費、外注費、販売手数料など
- 固定費(売上に関係なく一定の費用):家賃、人件費、減価償却費など
この考え方を使えば、
- 受注が少なくても、余計な在庫を増やさない適正な生産計画が立てられる
- 営業部門と製造部門の責任を明確に分けられる(生産量は営業の責任ではない)
- 利益管理がシンプルになり、適切なコスト削減が可能になる
② 在庫を資産ではなく「負債」として考える
財務会計では、在庫は「資産」として計上されます。しかし、実際には売れなければただのコストです。
- 不要な在庫は資金を圧迫する
- 長期間売れないと、廃棄損失が発生する
- 保管コストがかかり、利益を圧迫する
そのため、管理会計の視点では、
- 在庫削減を重視する(トヨタの「ジャスト・イン・タイム」方式)
- 適正在庫を維持し、資金繰りを最適化する
といった判断が重要になります。
③ 利益ではなく「キャッシュフロー」を重視する
財務会計では、売上と費用を計上することで「利益」を算出します。しかし、利益が出ていても、実際の資金繰りが悪化するケースがあります。
- 売上は計上していても、売掛金の回収が遅れている
- 利益が出ていても、設備投資に資金を使いすぎて手元資金が不足する
そのため、
- 営業キャッシュフロー(実際の資金の流れ)を重視する
- 利益だけでなく、現金収支をベースに意思決定を行う
という視点が必要になります。
3. まとめ:管理会計の視点を持とう
財務会計は重要ですが、そのまま経営判断に使うと誤った意思決定につながることがあります。
- 実際全部原価ではなく、変動費と固定費を分けて考える
- 在庫を「資産」ではなく「コスト」として管理する
- 利益ではなく、キャッシュフローを重視する
企業が健全な成長を遂げるためには、財務会計のルールにとらわれず、管理会計の視点を持ち、本当に役立つ数字を見極めることが不可欠です。
管理者や経営者の皆さん、今使っている数字は本当に意思決定に役立っていますか? ぜひ、管理会計の視点を取り入れ、より良い経営判断を行ってください。