ピーター・ドラッカー。経営学の巨匠として、その名を知らない人はいないでしょう。彼の著書は、経営者やビジネスパーソンの愛読書として広く知られ、日本でも毎年関連書籍が刊行されています。「もしドラ」こと『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』が社会現象となったことも記憶に新しいですね。
ドラッカーの教えの中でも、「生産性」の向上に関する洞察は、時代を超えて多くの人々に影響を与えています。彼は1954年に発表した『現代の経営』で、生産性について次のように述べました。
「この世に確かなことが一つだけあるとするならば、それは、生産性の向上は肉体労働によって実現されるものではないということである。」
当時の常識では、生産性向上とは「人間がより努力して効率を上げること」と考えられていました。しかしドラッカーは、「人の努力では生産性は上がらない」と断言し、イノベーションによる「置き換え」が鍵だと説いたのです。
生産性向上の「置き換え」とは何か?
ドラッカーが示した「置き換え」とは、肉体労働を別のものに代替することです。具体例として以下のような手法が挙げられます。
- 機械設備
工場に機械を導入すれば、従業員が手作業で生産していた時の何倍ものスピードで生産が可能になります。 - 設計の改良
製品設計を見直すことで、生産工程の作業工数を削減し、効率を向上させることができます。 - 道具や技術の活用
作業効率を高める治具や新しい生産技術を導入することで、時間と労力を削減します。 - 材料や部品の変更
加工しやすい材料に変更したり、外部から加工済み部品を購入することで、生産性を高めます。
ドラッカーはこれらの取り組みを総じて「イノベーション」と呼びました。つまり、生産性を上げるためには単に「頑張る」のではなく、プロセスそのものを変革する必要があるのです。
「置き換え」が不足する改革は失敗する
多くの企業が改革プロジェクトを立ち上げますが、「置き換え」が欠けている場合、改革は失敗に終わることが少なくありません。たとえば、業務改善を現場任せにして、「努力でどうにかする」という姿勢では、長期的な成果は得られないでしょう。
このような失敗を避けるため、以下の問いを自問することが重要です。
- 何を置き換えるべきか?
- その置き換えのために、どんな代価を払う必要があるのか?
「置き換え」には、必ず何らかの代償が伴います。たとえば、道具を購入するための費用や、設計変更に伴うリスクなどです。これを明確にしたうえで改革を進めることで、成果につながる取り組みが可能になります。
管理部門の生産性向上とリスクの許容
管理部門の生産性向上では、「正確性」を犠牲にする決断が必要になることがあります。
たとえば、月次決算ではすべての数字を正確に入力するのではなく、暫定金額を仮入力することで作業を簡素化できます。この方法は、経営報告(管理会計)の正確性を犠牲にしますが、月次決算を早くすることができます。もちろん、経営報告が終わったあとに(あるいは、翌月の月次決算で)、時間がある時に正確な数字に洗替えることは言うまでもありません。
また、業務の「チェック体制」も見直すべきです。現在「トリプルチェック」を行っているなら、「ダブルチェック」にすることで、過剰な負担を軽減できます。リスクがゼロにはならないものの、許容範囲内に抑えられるのであれば、改革を進めるべきです。
経営トップが主導する体質改善
日本企業では、間接部門が「よろず承り係」となり、管理部門が肥大化する傾向があります。この状態では、生産性向上は望めません。直接部門に自立を促し、管理部門の役割を再定義する必要があります。
この改革には、経営トップの強いリーダーシップが欠かせません。過剰サービスに陥った組織風土を変えるには、経営全体で取り組むべき課題だからです。
まとめ
ピーター・ドラッカーが指摘した「置き換え」の重要性は、現代の企業経営においても色あせることがありません。業務改革を成功させるためには、現場任せの「努力」ではなく、プロセスそのものを見直し、必要な代償を払って「置き換え」を進めるべきです。
生産性向上を目指すすべての企業に、ドラッカーの教えが一つの羅針盤となるでしょう。この機会に、自社の業務プロセスを見直し、持続可能な改善を進めてみてはいかがでしょうか。