はじめに
本記事の事例は、システム開発にありがちな話をいくつか組み合わせて作成したフィクションです。企業の競争力向上を目的とした業務改革が、なぜ思うように進まないのか。今回は、建設業F社の失敗事例をもとに、システム導入における課題と教訓を探ります。
事例:業務改革が形骸化した建設業者F社
背景
F社は地方で長年の実績を持つ建設業者で、かつては安定した公共工事の受注により成長していました。しかし、近年の市場環境の変化により、売上高は減少傾向にあり、赤字が続くようになっていました。
経営陣は危機感を抱き、会社の利益体質を強化するために、抜本的な業務改革を決断。特に管理部門の効率化と紙ベースの業務の廃止を目標に掲げ、新システムの導入を進めることにしました。
システム導入計画
- 購買部門:見積・発注業務の自動化、電子発注の導入。
- 経理部門:本支店会計の廃止、伝票のペーパーレス化。
- その他部門:業務の合理化とデジタル化の推進。
失敗の経緯
- 購買部門の反発
- 購買部長は「現状で問題はない」と新システムを拒否。
- 発注先の中小企業はFAXや電話を主に利用しており、電子発注の導入は困難と判断。
- 既存のやり方を変更する必要性が認識されず、結局、旧システムの仕様を踏襲する形で新システムが開発された。
- 経理部門の消極的対応
- 支店経理の集中管理は困難とされ、本支店会計の廃止が見送られる。
- 伝票のペーパーレス化は一部進められたものの、本社の振替伝票などは引き続き紙で管理。
- 「間違いがあると大変だから」との理由で、旧業務プロセスの多くがそのまま維持された。
- 経営陣の改革意識の低下
- 現場の抵抗により、経営陣も次第に改革意欲を失い、調整案として「現行業務をできるだけ維持する」方向に転換。
- その結果、新システムは従来とほぼ変わらない仕様で構築されることになった。
結果
- システム自体は予定通り導入されたが、業務改革には結びつかなかった。
- 数億円を投じたにもかかわらず、従来とほぼ変わらない業務フローが存続。
- 唯一の成果は、レスポンス向上とExcel出力機能の追加。
- 管理部門の高コスト体質は維持され、会社の経営負担が軽減されることはなかった。
失敗から学ぶべき教訓
1. 部門の抵抗を見越した事前準備が必要
購買部門や経理部門のように、日々の業務を担う部門は、変化をリスクと捉えがちです。
- 事前に関係部門との対話を増やし、改革の必要性を共有する。
- 「なぜ変えるのか?」を明確に説明し、納得を得るプロセスを重視する。
- 試験導入や段階的な変更を検討し、急激な変化を避ける。
2. 現状維持バイアスを克服するマネジメント
多くの企業で見られる「現状で問題がないから変える必要はない」という意識が、改革の妨げになります。
- 経営陣は改革の必要性を一貫して強調し、ブレない方針を示す。
- 「変更によるリスク」ではなく「変更しないことのリスク」を強調する。
- 既存の業務プロセスを徹底的に見直し、不要なものは排除する。
3. 業務改革とシステム導入を切り離さない
F社の失敗の根本的な原因は、「システム導入=業務改革」と考えたことにあります。
- 業務プロセスを根本から見直したうえで、システム化を進める。
- システムを単なる置き換えではなく、改革のための手段として位置づける。
- 「新しいシステムの導入」ではなく、「新しい業務の運用開始」と捉える。
4. 企業文化としての改革意識の醸成
一度の業務改革が失敗すると、その後の改革も難しくなります。
- 経営陣は「変化を受け入れる文化」を育成し、社内での改革を奨励する。
- 部門ごとの視点だけでなく、会社全体の利益を考える意識を浸透させる。
- 小さな改革の成功体験を積み重ね、大きな変革につなげる。
まとめ
F社の事例は、単なるシステム開発としては成功しましたが、業務改革という本来の目的は達成できませんでした。
- 業務改革には、現場の抵抗を想定し、十分な準備が必要。
- 経営陣は一貫したメッセージを持ち、現状維持バイアスを克服すべき。
- システム導入は業務改革の手段であり、単なる置き換えにならないよう注意。
- 企業文化として、継続的な改革意識を根付かせることが重要。
業務改革とシステム開発を一体として捉え、真の変革を実現することが、企業の競争力を高める鍵となるでしょう。