予算管理は、企業経営において「経費コントロール」と「経営判断」の両方に関わる重要な仕組みです。しかし、多くの中堅企業では、経営戦略と管理者の人事評価に同じ予算管理手法を用いており、それがさまざまな問題を引き起こしています。本記事では、経営戦略と人事評価を分けた予算管理の在り方について解説します。
1. なぜ多くの企業は「配賦した部門損益」を使うのか?
中堅企業には複数の営業部門、事業セグメント、商品セグメント、管理部門が存在します。どの部門が利益を生み、どの部門がコストを多く発生させているのかを把握し、会社全体の資源配分(撤退・進出・転換)を決定するために、「配賦を施した部門損益(負担ベース)」が用いられます。
しかし、この正確さは経営判断に役立つレベルであれば十分です。たとえば、コピー用紙の使用量を人数比で按分することは、経営戦略上そこまで重要ではありません。問題は、この「配賦した部門損益」がそのまま人事評価にも使われてしまうことです。
2. 人事評価に「配賦した部門損益」を使うリスク
管理者の評価が予算と実績の数値で決まる場合、管理者はより良い査定を得るために配賦の仕組みを利用しようとします。
① 人件費の付け替え問題
例えば、「自部門のAさんはB部門の業務も兼務しているので、B部門にもAさんの人件費を負担してもらおう」という提案を経理に持ちかけることがあります。これは合理的な主張であり、経理も完全に否定できません。しかし、こうした積み重ねが配賦の種類・本数の増加を招きます。
② 経費負担の回避と誤ったインセンティブ
配賦が多くなると、管理者は部門の経費を削減するために以下のような行動を取るようになります。
- 可能な限り他部門へ経費を配賦しようとする
- 予算オーバーを避けるために必要な投資を先送りする
- 短期的なコスト削減にこだわり、長期的な成長を犠牲にする
結果として、経営の意思決定を助けるための予算管理が、本来の目的を見失い、管理者の評価を操作するためのツールに変質してしまうのです。
3. 解決策:「経営戦略」と「人事評価」で異なる予算管理を適用する
この問題を解決するには、経営戦略と人事評価で異なる予算管理手法を採用することが重要です。
① 経営戦略のための予算管理:配賦した部門損益(負担ベース)
経営戦略を考える際は、部門ごとの収益性を評価するために、「配賦を施した部門損益(負担ベース)」を使います。
- ただし、配賦の本数を最小限に抑え、精度は大まかで良い
- 経理部や経営企画部が重要な項目のみ選定する
- 製造業など、決算に影響するケースでは注意が必要
この方法により、管理者の配賦操作を防ぎつつ、経営判断に必要な情報を確保できます。
② 人事評価のための予算管理:配賦しない部門損益(発生ベース)
管理者の評価には、「配賦していない部門損益(発生ベース)」を使用します。
- 自部門で発生した経費のみを対象とする
- 他部門への配賦ができないため、管理者が本当に削減できるコストに集中できる
- 評価の透明性が高まり、不正な調整を防ぐことができる
こうすることで、管理者は査定を良くするために、単純にコストを削減するしかなくなります。その結果、無駄な経費を削り、より効率的な運営を目指す行動が生まれるのです。
4. ケーススタディ:総務部のコピー用紙購入
この仕組みが機能するかどうかを具体的なケースで考えてみましょう。
従来の仕組み
- 総務部が会社全体のコピー用紙を一括購入
- 各部門へ人数比で配賦
- 管理者はコピー用紙代を削減しようとせず、結果的に全体の使用量が減らない
発生ベースの人事評価に変更した場合
- コピー用紙の購入費用は総務部の経費として扱う
- その結果、総務部長は全社のコピー用紙使用量を削減する責任を持つ
- 各部門の使用量を調査し、ペーパーレス化を推進
- 必要に応じて「コピー使用量が多い部門に対して注意喚起」や「予算超過時のアラート発信」を実施
このように、責任の所在が明確になることで、管理者が主体的にコスト削減に取り組む仕組みが生まれます。
5. まとめ:予算管理の最適化で経営と評価のズレをなくす
中堅企業の予算管理は、経営戦略と人事評価の2つの目的を持っています。しかし、これらを同じ手法で管理すると、管理者が査定を良くするための「配賦操作」に走り、本来の経営判断を誤るリスクが生まれます。
最適な予算管理のルール
- 経営戦略:配賦した部門損益(負担ベース)を使用。ただし、精度は粗くする。
- 人事評価:配賦しない部門損益(発生ベース)を使用。管理者が削減可能なコストに集中できる仕組みを作る。
この仕組みを導入することで、管理者はより健全な方法でコスト削減を進め、企業全体の収益性向上に貢献できるようになります。今こそ、予算管理を見直し、経営と評価のズレをなくすタイミングではないでしょうか。