はじめに:システム投資のROIに違和感を覚えたことはありませんか?
「そのシステム、ROI(投資対効果)はどのくらいあるのか?」
IT投資や基幹システムの更新の場面で、こうした問いが投げかけられることは珍しくありません。たしかに、投資である以上、何らかの“回収見込み”は示すべきです。しかし、現実には 「ROIだけでは評価しきれない」 というジレンマを感じたことのある経営者も多いのではないでしょうか。
本記事では、システム投資のROIが難しい理由と、ROIを超えて考えるべき判断軸について、経営の視点から整理します。
ROIが“うまく測れない”のはなぜか?
1. 売上アップではなく、コスト削減・効率化が中心
システム投資、とくに基幹系や業務系のシステムは、多くの場合「新たな収益を生む」ものではありません。目的は、入力作業の削減、転記ミスの防止、情報の一元管理といった間接的な効率化やリスク回避です。
つまり、「儲かる仕組み」ではなく、「損を防ぐ仕組み」なのです。この性質上、定量化や“収益貢献度”としての可視化が極めて難しいのが実態です。
2. 現状のムダが“見えていない”ため、改善効果も測れない
「この業務、何人日かかっていますか?」という問いに、即答できる組織は多くありません。
現場で当たり前になっている非効率(手作業、重複入力、属人業務)が数値化されていなければ、“何が、どれだけ、よくなったか”の評価も困難です。
つまり、「改善効果の土台となる現状認識」があいまいなままROIを求めてしまい、話が噛み合わなくなるのです。
3. 投資の成否は「システムそのもの」より「活用次第」
たとえば、どれほど優れたBIツールを導入しても、現場で使われなければ投資効果はゼロです。システム投資のROIは、導入の可否ではなく、活用の質に大きく依存しています。
つまり、単なる機能導入ではなく「業務改革」として設計しなければ、ROIの土台が成り立たないということです。
ROIでは測れないが、投資せざるを得ない領域がある
こうした難しさに加え、基幹システムにはもうひとつ、特有の事情があります。それは、ROIの有無にかかわらず「更新せざるを得ない」ケースがあるということです。
事業継続の根幹に関わる存在
販売・購買・会計・在庫など、基幹業務を支えるシステムは、“ないと仕事が回らない”業務インフラです。これはもはや「投資回収の議論」を超えた、事業継続性(BCP)・内部統制・対外信用の基盤と位置付けるべきです。
たとえば以下のような課題があれば、ROIを超えて「経営としての責任」が問われる領域となります:
- システムの保守終了(ベンダーのサポート打ち切り)
- 電帳法・インボイス制度など法令未対応
- 属人化が進んで誰も仕組みを理解していない
- 障害時の復旧体制が整っていない
- 監査法人・金融機関から内部統制上の指摘がある
これらはROIを示してから判断するのではなく、「事業を守るために不可欠かどうか」で判断すべき投資です。
経営として、どう判断するか
ROIの難しさと、投資判断の現実を踏まえると、システム投資においては「数値で測る部分」と「戦略的に決断すべき部分」を明確に切り分けることが重要です。
▷ 数値で測れる部分
- 業務時間の短縮(工数削減 × 人件費)
- ツール集約によるライセンス費の削減
- 手戻り削減、確認業務の省力化
▷ 数値化が難しくても重視すべき部分
- 属人化の解消・継承性の確保
- コンプライアンス・監査対応力の確保
- データ活用・経営スピードの向上
- 信用維持(取引先・金融機関・監査法人)
まとめ:ROIを「唯一の評価軸」にしない
ROIは経営判断の一つの補助線であり、唯一の基準ではありません。とくにシステム投資は、「見えるコスト」に目が向きがちですが、「見えないリスク」や「将来の不整合コスト」こそが最大の損失となることもあります。
ですから経営としては、次のような視点が欠かせません。
ROIで語れるものは試算し、語れないものは事業継続性・経営責任の視点で評価する。
そうした視点をもつことが、システム投資における納得解を導く鍵になるはずです。