はじめに:原価計算の歴史と現代の変化
「原価計算基準」がつくられたのは1962年(昭和32年)です。当時はパソコンどころか電卓すら存在せず、紙と鉛筆、そろばんで計算が行われていました。手作業での原価計算がいかに大変だったかは想像に難くありません。そのため、原価計算基準では、複数の原価計算の必要性を認めながらも、実務負担を減らすために「ひとつの原価計算を共用する」方法が採用されました。
しかし、時代は大きく変わりました。今では一人ひとりがパソコンを持ち、Excelや生産管理システムを活用し、作業日報もデータ化されています。こんな恵まれた環境の中で「原価計算は大変です」と嘆いてしまえば、1960年代の経理担当者に怒られてしまうかもしれません(笑)。
このような現代の環境を踏まえ、「原価計算は製品ごとに1種類のみ」という思い込みは捨てるべきです。戦略的原価計算では、目的に応じて複数の原価計算を使い分けることが重要です。
複数原価計算の種類と目的別活用方法
原価計算は、目的に応じて以下のように使い分けることが推奨されます。
1. 経理目的:実際全部原価計算
- 概要:会計ルールに従い、製造にかかった費用を全て集計したもの。
- 用途:財務諸表作成や税務申告など。
- ポイント:全てのコストを含むため正確な数字が求められますが、管理目的には向かないことがあります。
2. 予算管理目的:予定全部原価計算
- 概要:予算を立てる際に活用する予定原価。
- 用途:着地見込みを算出し、予算進捗を確認するため。
- ポイント:実際全部原価計算と似ていますが、予定原価をもとにすることで先行的な管理が可能です。
3. 価格決定目的:予定変動原価計算
- 概要:変動費のみを製品原価に含め、固定費は期間原価として扱う方法。
- 用途:見積価格の算出や価格戦略の策定。
- ポイント:変動費と固定費を区別することで、製品ごとの採算性をより明確に把握できるようになります。さらに、予定原価に投資回収の要素を組み込むことで、投資効率や回収計画を考慮した価格設定が可能となり、経営判断に深みを与えます。
4. コスト削減目的:予定変動原価計算・実際変動原価計算
- 概要:生産工程での無駄を見つけるための原価計算。
- 用途:生産効率の向上や製造原価の削減。
- ポイント:変動費に着目することで無駄を可視化しやすく、標準原価計算と比較して実際の成果を確認します。
変動原価計算のポイント
変動原価計算は一般的に馴染みが薄いため、少し補足します。
変動原価計算の特徴
- 変動費:製品原価に含まれる費用(材料費、人件費など、製造量に比例して増減するもの)。
- 固定費:期間原価として計上される費用(設備費、管理費など、生産量に関わらず一定の費用)。
変動原価計算を使用することで、生産量による利益変動が抑えられます。これにより、価格決定やコスト削減において、次のようなメリットがあります。
- 価格決定:必要な固定費の回収を考慮しつつ、合理的な価格設定が可能。
- コスト削減:生産工程での無駄を特定し、どの要素を改善すべきかが明確になります。
変動原価計算と全部原価計算の違い
最後に、変動原価計算と全部原価計算の違いを理解することが重要です。
全部原価計算
- 固定費と変動費をすべて製品原価に含めます。
- 生産量が少ない場合、固定費が一製品あたりの原価に重くのしかかります。
変動原価計算
- 変動費のみを製品原価に含め、固定費は期間原価として扱います。
- 生産量に影響されないため、製品原価の変動が抑えられます。
まとめ:複数の原価計算を使い分ける重要性
現代では、生産環境や経営状況に合わせて複数の原価計算を使い分けることが求められています。
経理目的では実際全部原価計算を、価格決定やコスト削減では予定変動原価計算や実際変動原価計算を使用することで、精度の高い経営判断が可能になります。
企業が持続的に成長するためには、状況に応じた原価計算を戦略的に活用し、価格設定、コスト管理、利益改善を推進することが大切です。