システム・業務・会計に関するコンサルティング   人手やコストをかければ、管理や業務は誰でもできるが、それでは生産性は上がらない

  1. 経営のしくみ別冊

Vol.6 改革を成功させる生産性向上の急所

3.無から有はつくれない! 等価交換の原則

木村係長「なるほど、生産性は“置き換え”で向上するんですね。でもこれって肉体労働に限りませんか? 管理部で行う事務はどうなんでしょう。」

松井室長「事務労働も同じです。むしろ事務こそ“置き換え”を強く意識しなければ、改革があいまいになってしまいます。」

水野課長「うーん、でも事務仕事で何かに置き換えるってピンとこないなあ。」

松井室長「では、少し違った説明をしましょう。それは『等価交換の原則』です。」

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むかし、「鋼の錬金術師」という漫画がありました。錬金術とは「価値のないモノ」を「価値のあるモノ」に作り替える創造の技術です。その中で『等価交換の原則』というコンセプトがあります。かんたんに言うと、「無から有はつくれない。何かを得るには同等の代価が必要」という概念です。

この原則はくしくも「事務労働の置き換え」と合致します。もとの事務労働に見合う代価を払わなければ、もっと言うと相応の代償を支払わなければ、事務の生産性は上がらないということです。

世の中の改革プロジェクトは、何の代償も払わずに改革できる方法を模索しています。ある部門から改革案が出されても、別の部門からクレームが入ってつぶれるのもそのためです。すべての部門が丸く収まる奇跡的な案を探しています。

しかしそのような改革案は10%もありません。もしあるとしたら、辞めても誰も困らないムダな事務をしていた時だけです。奇跡の案を求めてプロジェクトを進めるかぎり、成果は上がりません。
ですから管理部門の生産性向上に当たっては、「代償を支払わない」「犠牲を伴わない」改革案など存在しないと認識すべきです。プロジェクトでアイデアを出し合う時には、生産性向上のために「何を犠牲にするのか」「何を代価として支払うのか」を明確にする必要があります。

先ほどの肉体労働の例で言うと、代価としてお金を払って道具を買う。代価として品質を(許容できる範囲で)犠牲にして材料を変える。代価として利益を削って内製から外製に切り替えて部品を買う。代価として品質が劣化するかもしれないリスクを負って設計を変更する。代価として設備投資して機械を導入することが行われています。

では事務労働では代価として何を支払うのか? 経理事務の生産性向上を例にして具体的に見ていきましょう。

4.代価として「正確性」を犠牲にする

松井室長「それでは今日は、経理事務をテーマに改革案を自由に議論しましょう。水野課長、いま経理課で問題になっている点を教えてくれますか?」

水野課長「いろいろありますが、一番は月初の繁忙の話です。毎月月初に各部署から伝票が届いて、それからチェックや入力作業するので、どうしても月初1週間の残業時間がすごいことになります。」

木村係長「そればかりは仕方がないんじゃないですか。経理の宿命というか…。」

松井室長「いえいえ、そんなことはありません。たとえば月初は入力作業だけに集中し、月中にチェックするとかはできませんか?」

水野課長「大胆な意見ですが、それでは間違いが混入し、月次決算の精度が落ちます。エラーが発見されたら翌月に直さなければなりません。」

松井室長「ええ、わかります。でも月次決算はあくまで管理会計ですよね。多少「精度」を落とせるなら、月の業務量を平準化して残業を減らすのも一つの考え方です。」

木村係長「なるほど、今の話は、生産性の代価として「精度」や「正確性」を犠牲にする、ということか!」

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経理事務は繁忙期がかたよります。どうしても月初や月末に仕事が集中することが多いでしょう。これを経理の宿命として思い込んでいる人が少なくありません。私が「業務のかたよりを減らしましょう」と提案しても、中には「そんなのムリです」とあきらめ気味の反応をする方もいます。

しかし繁忙期と閑散期を平準化できれば、それはそのまま事務の生産性向上につながります。業務のピークが下がり、正社員の残業代や繁忙期だけ雇っていたパートの人件費などを減らすことができるでしょう。

改革のための一つの代価が「正確性」を犠牲にすることです。経理部員は皆さん真面目です。「一円の間違いも許さない」という気持ちで業務をされています。では実際に間違いがあったらどうなるのか。

税務調査でエラーが見つかれば修正申告になるかもしれません。上場企業であれば内部統制の問題を指摘されたり、監査で問題になったりするかもしれません。あるいは、仕入先への支払金額が間違ってしまうかもしれません。

しかしこれらは「月初」の時点で正確である必要はありません。年度決算や四半期決算、仕入先への支払データを生成する時に正確であればよいはずです。

月次決算はあくまで管理会計です。経営陣が予実を見て経営判断できるレベルの精度・正確性があれば十分です。もっと極端な話をするならば、すべて入力する必要もありません。

たとえば、入力すべき旅費交通費の伝票が100枚あるならば、月初はそれを100明細入力する必要はなく、100枚の伝票合計金額を1行で入力することで事足りるわけです。そして月次決算が終わって時間ができてから、翌月の仕訳として仮入力した1行を消して、あらためて100明細入力します。

5.代価として「リスク」をとる

水野課長「月初のチェックを月中に回す案は、経理課でも検討してみます。」

松井室長「ところで、そのチェック作業ですが、具体的にどのようなことをやっているんですか?」

水野課長「まず各経理担当者が伝票と証憑があっているかをチェックします。次に入力担当者が伝票と証憑をもう一度確認してから会計システムに入力。最後に上長がシステム出力の仕訳一覧表と伝票・証憑を最終確認してから、電子承認して入力が完了です。」

木村係長「3度もチェックとは大変ですね。」

水野課長「このやり方は、私が入社した時からずっと変わっていません。個人的には簡素化したいと思っているんですが…。」

松井室長「事務労働にとってリスクをとるのは強力な代価です。チェック回数を減らしたり、チェックする伝票を限定したり、いろいろ検討してみましょう。」

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正確に処理すること、それが経理という専門職の基本属性です。そのため経理部では、ヒューマンエラーが一つも発生しないように、鉄壁のチェックをします。しかし過剰なチェックはコスト高を招きます。気が済むまでチェックするわけにはいきません。営利企業である以上、チェックにも経済合理性が必要です。

この会社では「伝票チェック者」と「入力担当者」をわけていますが、この作業は一人でもできます。上長が全取引を最終確認するのは、取引件数が少ないうちはよいですが、多くなると問題です。これらを踏まえ、たとえば次のような業務プロセスに変更することを考えます。

・各経理担当者が伝票と証憑をチェックし、会計システムに入力する。
・仕訳一覧表を出力し、入力内容に間違いないかセルフチェックする。
・上長は重要な科目(金額)に絞って、仕訳一覧表・伝票・証憑を最終確認する。
・残りはざっと目を通した上で、電子承認する。

こうすると「トリプルチェック」から限定付きの「ダブルチェック」になり、業務を簡素化できます。一方で、各経理担当者の負担と責任は大きくなり、従前よりはヒューマンエラーが発生するリスクは高くなります。

当事者としては、リスクが高くなると漠然とした不安を覚えるものです。伝票に間違いがあったらどうしよう。入力間違いしていたらどうしよう。考え出したらキリがありません。人がやる以上、ヒューマンエラーはつきものです。システムで自動化しない限り、ゼロにはできません。

大切なことは、エラーをするリスクを許容範囲内に抑えることです。リスクを見極め、しくみを簡素化していくことが、事務の生産性向上には欠かせません。

京セラの稲盛氏は「値決めは経営」と言いました。その意味は『商売というのは、値段を安くすれば誰でも売れる。それでは経営はできない。お客さまが納得し、喜んで買ってくれる最大限の値段。それよりも低かったらいくらでも注文は取れるが、それ以上高ければ注文が逃げるという、このギリギリの一点で注文を取るようにしなければならない』からです。

私はCFOや管理担当役員が果たすべき役割は、モノは違っても、これと同じだと思います。『管理というのは、手間やコストをかければ誰でもできる。税務署や監査法人が許容してくれる最大限のリスク。それよりもリスクが低かったらいくらでも許容してくれるが、それ以上高かったら内部統制として問題となる。このギリギリの一点で管理のしくみを構築しなければならない(もちろん多少の余裕は必要ですが…)』

10年前、内部統制報告制度が導入されました(いわゆるJ-SOX)。導入当初はリスクをどこまで軽減し、内部統制を構築しなければならないのか、誰にもわかっていませんでした。そのため多くの上場企業が実際のリスクよりも過剰な内部統制を構築しました。

J-SOXが経営にもたらしたメリットがあることも否定はしません。しかしそれ以上にコスト高や業務負荷を招いたデメリットのほうが大きいでしょう。このタイミングで、あらためて適切なリスク水準を考えて、管理事務の簡素化、生産性向上に取り組んでほしいと思います。

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